BABEL
「バベル」
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ Alejandro González Iñárritu
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ガエル・ガルシア・ベルナル、役所広司、菊地凛子ほか
公式サイト:babel.gyao.jp/
公式ブログ:blogs.yahoo.co.jp/babel_blog
映画館:なんばパークスシネマ(www.parkscinema.com/)
4月28日17:10〜
公開初日に映画を見るのは久しぶりのことです。
あるいは初めてかもしれない。
なんばパークスの2期工事が完了し、その見物も兼ねて行ってみた。
近所ではなんば丸井のTOHOシネマズなんばでもふたつのスクリーンで上映されていて、うまく開始時間をずらして効率も良かったんだけど、やっぱり新築に行ってみた。
携帯電話で座席を確保し、向かったのもはじめてのこと。
GW初日のこの時間帯ということもあってか、完全に席が埋まってはなかったが、ほぼ満席だった。入館前にバベルのリストバンドを貰いましたが、あれはなんなんでしょう。正直使い道に困ります。もうちょっといいデザインなら3日間くらいしてみてもいいんですが。
そのリストバンドに同封されていた紙片にこんなことが書いていたので一応ご紹介しておきます。
遠い昔、言葉はひとつだった。
神に近づこうと人間たちは
天まで届く塔を建てようとした。
神は怒り、言われた。
"言葉を乱して、世界を分けよう。"
やがてその街は、バベルと呼ばれた。
(旧約聖書 創世記11章)We are BABEL's children.
言葉が通じない。思いが伝わらない。
心はどこにも届かない。
世界中の人々が、今日も涙している。
それでも人は、伝える事をあきらめない。
伝えようと必死にもがく。
それがバベルの末裔である我々の、
宿命なのかも知れない。
2007年、世界はまだ変えられる。
* * *
作品内容については、上記のURLなどに委ねたいと思う。
また公開前にも映画本編の話のみならず撮影裏話(プロダクション・ノート)などはTVなどの多くのメディアで紹介があったので、こちらで詳しくは触れないでおこうと思います。
ただ、ひとつだけ本編外の話題として、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた菊地凛子とアドリアナ・バラッザの演技は本当に素晴らしいものでした。
「ドリームガールズ」も見ましたが、少なくとも「バベル」の菊地凛子の方が断然良かった。どうしてジェニファー・ハドソンが受賞したのかがわからない。
さて、以下個人的な感想及び映画を見て考えたことを書いていきます。
* * *
映画は、静かなオープニングから間もなくモロッコの荒涼たる砂漠にライフルの乾いた爆音が響く。その音は戦争映画の機関銃の音などとは質が違う。
一発の銃声が世界を変えてしまうことを示唆しているかのように、胸に響く音に感じられた。そしてその何発目かの銃声が物語を動かしていく。
われわれ鑑賞者である神の視点によって、その銃弾がブラッド・ピットの妻役であるケイト・ブランシェットを撃ち抜き、そのライフルが日本の役所広司から渡ったものと知り、ブラッド・ピット夫妻の悲劇が彼らの子供たちに別の事件を生むきっかけになることを結果的に知ることになる。
しかし、一見関連性のない物事の因果関係をわれわれが知る場合、入ってくる情報には常にタイムラグがあるということを日常的に知っている。
われわれは常に物事の結論から先に知るからだ。事件は突然に起こる。その原因が判明するのはずっと後になってからだ。
映画では時間軸を巧みにずらすことによってその因果関係が説明的ではない方法でわれわれ鑑賞者に徐々にわかるように仕上げられている。それはあたかも重いエレキギターのコードによってささやかに添えられている音楽にも相まってより効果的に演出されているように思う。
われわれ日本人にとってこの映画はある意味幸運である。
多くの日本を描いた外国映画では、イメージによる東洋の国日本というまなざして撮られているものがほとんどだが、ここで描かれている渋谷はかなり今日的な日本であるように感じられた。
そこから類推すると他の舞台となっているメキシコ、モロッコも今日的な日常を深く描いているのではないかと想像できる。幸運と書いたのはそういうことからだ。われわれは今日的な世界をスクリーンを通して見ることになる。
ブラッド・ピットはなにを演じてもサマになる俳優だ。テリー・ギリアムの「12モンキーズ」では不細工に撮って欲しいと依頼し、ハンサムな役どころではないにもかかわらず、スクリーンには魅力的なカッコいい男として映し出されてしまった。もちろん他の出演でもどんな服を着ようが、どんな髪型にしようが、ハンサムで世界一カッコいいブラッド・ピットが映っている。彼自身、自分の美しい容姿が自分の演技の足かせになってしまっていることを嫌っていて、もっと役者として役を演じたいと思っている俳優だ。
この「バベル」ではじめて彼の望む男前ではないごく普通の男が描かれているように思えた。
日常生活が、なにかの拍子に突然悲劇へと変わる場合がある。バスツアーの旅先で、全く別のことが原因で、本人の意図しない状況に巻き込まれてしまいパニックに陥る。その時に自分の素が出てしまう。もし自分がそうなってしまったらどういう行動に出るのだろう。時間を争う瞬時の判断をもし誤ってしまったら小さな悲劇が大惨事に成長してしまうかもしれない。その不安と必死な姿を見てわれわれは共感、同意、あるいは事例としてわれわれに次の問いを投げかける。
全編を通して控えめで淡々とした演出が、見る者に今日的世界、日常的にわれわれがもっと気づくべき心の中、ごく身近な見知らぬ人、そして宗教的な意味ではなく〈他者〉について、考えさせてくれる契機をこの映画は与えてくれている。
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cinematoday.jp/page/A0001373
追記
エンドロールのクレジットで、ほとんどラストに、
Naomi Watts
Sean Penn
と流れました。前回のイニャリトゥ作品「21 GRAMS」の主演の二人ですが、今回の「BABEL」との関係は?
追記其ノ弐
人によっては、あるシーンで体調不良を起こす場合があるようです。
下記にお知らせしてますが、何事もなく映画を楽しめます事を願っております。
pinkopaque.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_ff1f.html
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コメント
イニャリトゥの”アモーレス・ペロス”はもうご覧になりましたか?
こちらも時間軸と場所の共通点によって、
引き合わされた3組の人間模様が見事に描かれています。
投稿: misachica | 2007.04.29 15:49
misachicaさん、
コメントありがとうございます。
実は見てません。
「21グラム」しか知らなかったのです。
「21グラム」とこの「バベル」を見て、俄然気になる作品になりました。
ぜひ見てみたいと思います。
「21グラム」でも時間が微妙にずらされていましたね。
投稿: pinkopaque | 2007.04.29 19:16
【お詫びと訂正】
読み返して漢字表記等の誤謬、及び表現上日本語の文章がおかしな部分が見つかりましたので一部加筆修正しております。
投稿: pinkopaque | 2007.04.29 19:17