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2008.08.14

語り継がれない戦争

終戦記念日が近づくと、第二次世界大戦に関する記事やら番組を見かけます。

そして、戦争経験者、被爆者や最前線で戦った元兵士などがによって語り継がれるべき体験談として取り上げられることが多いです。
先月末にもNHK深夜にそういう番組がありました。

言い方は悪いかもしれませんが、僕も特に日本陸軍兵の愚かな戦略によって死んでいった話やその生き残りの人たちによるエピソードを聴くのが好きです。
この好きですという言い方がよくないですね。とても関心があるのです。
なぜ関心があるのかという話もしたいところですが、今回の日記のテーマはそこにはありません。

二年ほど前当時所員に「インパール作戦」の話をしていました。
無謀な作戦を強引に可決し、遂行され、戦死者よりも圧倒的に多くの餓死者を出したという悲惨な作戦の話です。

ある程度話が進み、クライマックスにさしかかった頃、彼がぽつりと言いました。そもそもかれは何事もぽつりとしか言わないのですが。


   * * *


「そもそも、その作戦に従わないという選択肢もあったのではないですか?」

と言ったのでした。

絶句なのです。

そんな大前提のことも知らないで生きてきたのかと思うと撲殺してしまいそうでしたが、どうもこれは故いかりや長介の「だめだこりゃ」という台詞でチャンチャンと言う話ではなく、今の学校で学んでいることはその程度のことだったようです。

というのも、同年代に訊いてみると同様の答えが多く返ってくるようです。

「そんなん、行かんかったらええやん」

もっと基本を教えないことには、全く戦争は語り継がれません。

いや、戦争に限らず。


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